11th July 2022

人間は突然死ぬ

・人の死というのはもともとさして遠いものではなかったけど(身内含め、それなりに経験をしたので)、ここ数年それを再認識することが今までよりずっと増えた気がする

・ツイッターという、文字情報にしてはあまりにもリアルタイムなコミュニケーションツールを使ってるせいかもしれない。情報が入り込んでくるのが早いし、ついさっきのことなんだと思わされるような。

・あとはやっぱり時々自分自身が体調を崩したり悪運でトラブルが降りかかったりしたとき(自業自得なこともあれば、どうにもならないこともある)やばいんじゃないか?となったときにあ、死ぬかもな とか……一切感じないと言えばうそになる

・常にふんわりと希死念慮を抱えているタイプの人間なので、ぼんやりと死にたいと思うけどそれは大抵「今すぐ」ではないし、たいてい自分が突然死にかけたときは「ここで死にたくはない」と思う。なんだろう、死を想う機会が多いからこそ理想の死に方があるにはあって、それ以外の死に方をしたくないんだろうな。

・理想の死はどちらかというと安楽死に近くて、身辺をまっさらにして、未練は少しだけ残して、楽しかったことを想いながら苦しまずに意識をフェードアウトさせて眠るように死にたい。痛いのは嫌だな。葬儀は要らない。死んだこともあまり話題になりたくないし、けれど完全に忘れられるのはさみしいし概念ごと死にたくはないからふとしたときになんでもないようにそういえばあの人もう生きてないんだっけとか言われたい。

・命はいらないんだけど生きてた痕跡は残しときたいみたいな面倒くさいところがある。

・それでも本当に有事の際は諦めそうな気がする。

・まあけど、銃撃されたり、サメにかじられたり、心臓がおかしくなったり、本当に突然人は死ぬ。フォロワーも私も身内も突然死ぬかもしれない。

・案外未来の空想なんてあてにならないかもしれないと思う。それでも歩いて息をすればたどり着くのは明日という未来だし、そっちを見るしか人間にはできないんだろう。